2010年12月31日金曜日

2010年大晦日

今年、2010年はいろいろなことがありました。何と言っても特筆すべきなのが、小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還。「はやぶさ」のM-Vロケットによる打ち上げ(2003年)、小惑星イトカワへのタッチダウン(2005年)そして“奇跡の”地球帰還(2010年)と、全てのイベントでインターネット中継を担当しました。関わりとしてはそれほど深くないのですが、やはり感慨を感じます。

民主党の政権交代で注目された事業仕分けとの関係でも議論を呼びました。やはり、未来に向かって子どもたちや若者が希望を持てる社会づくりを、私たちは心がけるべきです。

また、参議院議員選挙とサッカーワールドカップの陰に隠れてほとんど注目されませんでしたが、イースター島で皆既日食が見られました。私も行こうと企んでいたのですが、まさかのチリ地震の発生で断念。イースター島では、雨期にも関わらず奇跡的に日食当日晴天になり、モアイとコロナを同時に見ることができたそうです。

ところで、そのチリでは、落盤事故が世界的に注目されました。今年ほどチリのことが日本で報道されたことは無かったと思います。

ちなみにワールドカップ決勝では無敵艦隊と言われ続けてきたスペインが“やっと”優勝しました。これも嬉しいニュースでした。

始めてエジプトに行って、ひどい目にあったのも、今では思い出です。エジプトで、日本 vs パラグアイの試合を見ていて、PK戦で負けたとき、「運が悪かっただけだ」と慰めてくれたエジプト人のことは忘れません。

さらに、新しい会社を立ち上げました。登記は昨年になっていますが、登記完了の知らせを受けたのが今年の1月7日でした。無事、創立1周年を迎えることができました。

今年もたくさんの方々から協力、支援していただきました。感謝申し上げるとともに、来年もみなさんのために少しでもお役に立てるよう、がんばっていきたいと思っています。


2010年12月31日の日の入り

2010年12月29日水曜日

鹿島アントラーズ天皇杯決勝進出

鹿島アントラーズがFC東京を下して、天皇杯決勝に進出しました。

鹿島 2 - 1 FC東京

試合全体を見渡せば、鹿島が試合の主導権を握っていたと言えるのですが、なかなか点が入らないのでハラハラしました。結局延長戦にもつれ込んで、あわやPK戦かという最後の最後、ロスタイムで興梠が決めてくれました。

元旦は私も国立競技場に行きます。鹿島アントラーズの優勝を見届けたいと思います。

2010年12月26日日曜日

撮影は仕事納め

今日は、約2,400カット撮影しました。おそらく(急な仕事が入らなければ)、撮影の仕事は今日が仕事納めです。

2010年12月25日土曜日

EOS 60Dひきつづき

今日の現場での撮影は、約2,300カット。ちなみに、東京タワー付近で渋滞に巻き込まれた。この時期は他府県ナンバーでごったがえす。

明日は、その東京タワーの麓が現場。

2010年12月24日金曜日

EOS 60D大活躍

今日の現場では、約3,500カット撮影しました。出場者が多かったので、EOS 60Dが大活躍です。スピードライト580EX IIとの組み合わせでも、特に問題は起こっていません。

2010年12月22日水曜日

2010年12月19日日曜日

EOS 60Dの調子

今日も、昨日と同じ現場でした。約2,000カット弱撮影しました。しかし、今日はストロボを使わなかったので、調光の状況は確認できず。

ただ、ファームウェアアップデートの副作用は無さそうです。

2010年12月18日土曜日

EOS 60Dのスピードライト調光

キヤノンEOS 60Dのファームウェアアップデート1.0.8を適用して、今日はじめて現場で使用しました。約2,000カットほど撮影しましたが、いままでのような調光オーバーは見られませんでした。

とりあえず、問題解決と言っていいと思います。

2010年12月17日金曜日

キヤノンの広告

なかなかすごい。もちろんCGではなく、物理の世界。

Canon Pixma: Bringing colour to life from Dentsu London on Vimeo.



EOS 60Dファームウェアアップデート

EOS 60DとSPEEDLITE 580EX、580EX IIを組み合わせて使っていると、10数コマに1コマ程度、とんでもなく露光オーバーな写真が撮れることがありました。

いかにも調光不良なキヤノンらしい仕様・・・と思っていたら、どうもEOS 60Dのバグのようです。ファームウェアアップデートが発表されました。
この現象に悩まされた、対象のレンズEF28-135 F3.5-5.6 IS USMが含まれています。

さきほど、1.0.5→1.0.8にアップデートしました。
様子を見ようと思います。

2010年12月13日月曜日

元の木阿弥

キヤノンのストロボ(スピードライト)は、調光が安定しないという評価が定着しています。最近購入したSPEEDLITE 580EX IIと、前から持っていたSPEEDLITE 580EXをEOS 60Dと組み合わせて、その印象をさらに強くしました。

キヤノンのストロボ調光は、外部調光→TTL→A-TTL→E-TTL→E-TTL IIと進化(?)してきましたが、SPEEDLITE 580EX IIに至っては外部調光オートが可能になっています。

つまり、元の木阿弥というわけ。

2010年12月10日金曜日

EOS 7Dモードダイヤル改造

キヤノンEOS 7Dのモードダイヤルをロック機構付に変更する改造を受け付けていますが、改造依頼していたボディが今日戻ってきました。

EOS 60Dのモードダイヤルに比べて、ロックボタンの出っ張りが少ないので、しっかり押し込まないとダイヤルを回せません。
ただ私の場合、モードダイヤルを変えることはほとんどないので、これで良いです。

EOS 7Dモードダイヤル
改造されたEOS 7Dのモードダイヤル

2010年12月8日水曜日

「あかつき」金星周回軌道投入失敗

JAXAの金星探査機「あかつき」が金星の周回軌道投入に失敗しました。逆噴射時にエンジンに何らかのトラブルがあったようです。

「あかつき」の失敗は、小惑星探査機「はやぶさ」の“奇跡の”復活と同様に語られることが多いように思いますが、それは現時点では不明です。まだ、エンジントラブルの原因がはっきりしていません。

6年後に再度軌道投入を試みるとのことですが、それはエンジンが正常に稼働できるかにかかっています。

もしNASAなら・・・と考えると、6年も待たないで、きっと2号機の設計・製造・打ち上げに着手することでしょう。これが、JAXAとNASAの違いです。どちらが良いとか悪いとかいう問題ではありませんが。
��ロケットの打ち上げ失敗なら、衛星の軌道投入の可能性はゼロなので、JAXAも2号機を検討するのでしょうけど。

ちなみに、私に言わせれば、今回の失敗は想定の範囲内です。日本が始めて金星の探査を試みて、今回は残念な結果になりそうですが、このノウハウを積み重ねて、次につなげることが大事です。

失敗したら終わり、失敗しそうだから止めておく、では科学・技術は進歩しません。

2010年12月4日土曜日

神戸J1残留、東京J2降格

浦和 vs 神戸の試合は、神戸が圧倒していました。浦和は何もできません。終わってみれば、浦和 0 - 4 神戸という結果。一方、東京は京都に負けてしまいます。京都 2 - 0 東京。この結果、神戸が逆転でJ1に残留し、東京がJ2に降格することになりました。

神戸の「負けたら終わり」という状況と、東京の「勝てばいい、場合によっては引き分け以下でもいい」という油断が、仕上がりを分けたのでしょうか。神戸が浦和を得意にしている、東京は京都が苦手、という最終戦の組み合わせも、偶然とはいえ作用したかも知れません。

ところで、最終節で鹿島は、山形 1 - 1 鹿島で引き分けてしまいます。最終順位は4位となり、自力でのACL出場が無くなりました。何ということ・・・。来季はもう一度、リーグ戦優勝をめざしてほしいです。

2010年12月3日金曜日

サッカーワールドカップ2022年大会 日本落選

サッカーワールドカップ2022年大会招致の日本のプレゼンテーションのニュースを見て、2016年オリンピックの東京招致の失敗を思い出していました。「今回もきっとダメだろう・・・」と思っていましたが、やはり落選しました。開催地はカタールに決定です。

子どもを使うというアイディアは、きっと広告代理店のアイディアだと思うのですが、同じ失敗を繰り返しますかねぇ。

2010年12月1日水曜日

EOS 5D Mark IIとEOS 7Dのモードダイヤル改造

キヤノンEOS 60Dのモードダイヤルにはロックが付いています。40Dや50Dを使っていて、不用意にモードが変わってしまうことがあったので、これは重宝しています。

ところが、5D Mark IIと7Dにはロックが付いていませんでした。私にとっては減点材料。

その要望が多かったのかも知れませんが、この5D Mark IIと7Dのモードダイヤルをロック機構付きに改造するサービスの実施のアナウンスがありました。Good Jobキヤノン。

7Dをファインダーパララックス修理に出していたところでしたが、継続して改造を依頼しようと思います。

2010年11月24日水曜日

秋の空

カメラ機材の修理のため、外出しました。最近、天気がイマイチという印象だったのですが、今日は青空が見えました。イチョウの黄色と、巻雲のコントラストが、秋を感じさせます。

秋の空

2010年11月23日火曜日

帝国データバンクのインタビューを受けた

昨日、新しく作った会社の信用調査依頼が入ったということで、帝国データバンクの調査員のインタビューを受けました。この会社の歴史から考えると無理も無いのかも知れませんが、「良い」会社の基準って何だろうと改めて考えました。

企業は稼いでナンボの世界、それはそうです。私も異論は無いのですが、「稼いで何をするのか」は問わなくていいのでしょうか?

私が考える会社の善し悪しは、会社が世間にどれだけの幸せを提供したかによって決まるというものです。これは、会社が提供する商品やサービスによって、暮らしが「便利になる」「快適になる」「楽しくなる」ということもあるでしょうし、間接的な会社の活動によってもたらされるものもあるでしょう。

しかし件の調査員は、浜口梧陵を知らない人でした。浜口梧陵を知らなくても調査員が務まるということは、帝国データバンクの基準に照らせば、「いかに稼ぐか」だけが大事であって、残念ながら「稼いで何をするのか」は関知しないということのようです。

しかし、風向きは変わりつつあると思います。消費者や購買者は、企業が「どのようにして稼いだか」に注目するようになりました。やがて企業は、「稼いで何をしたか」も含めて、トータルで評価される時代になることでしょう。

そうなるべきです。

2010年11月22日月曜日

サッカー女子 金メダル(アジア大会)

北朝鮮の攻撃に苦しみましたが、少ないチャンスを確実に決めて、日本1-0北朝鮮で日本が優勝・金メダルです。良かった。来年のワールドカップも楽しみです。

2010年11月15日月曜日

少数意見

そもそも、外交問題をネタに政権攻撃するのは、野党として邪道と思っていました。中国やロシアから日本の権益を侵されたのなら、日本国が一緒になって外国に対処すべきです。

しかも、ロシアも中国もそれぞれの国内問題(ロシアの場合は大統領の再選狙い、中国は反政府運動のガス抜き)が要因ということははっきりしているわけです。それに巻き込まれて、日本国内が動揺するとしたら、日本にとって最悪です。

加えて、最近の海上保安庁の保安官がビデオを流出させた問題。前にも書きましたが、これはクーデターに匹敵する行為です。たとえ、政府の判断が間違っていたとしても、それに従うのが公務員の務め。海上保安庁は準軍事組織ですが、これを許したら、自衛隊の隊員だって何をしてもいい、ということになります。

逆を考えれば、この危険性は明らかだと思うのですが、たとえば、政府が領海侵犯の漁船の船長を「逮捕せよ」という方針を示していたとして、海上保安庁の保安官が「日中関係を考慮して」それに従わなかったら、日本にとってどういう結果になるでしょう?こういう判断は現場で行うのではなく、選挙で選ばれた国民の代表が行うのが、民主主義というものです。

「自民党もだらしないなぁ」と常々思っていましたが、谷垣さんの発言を聞いて見直しました。
保安官擁護論に懸念=自民・谷垣氏
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101115-00000011-jij-pol

2010年11月7日日曜日

EOS 60D初出動

昨日の現場で、始めてEOS 60Dを使いました。約2,400ショットほど撮影。その感想です。

・シャッター音が軽い。音の感覚を言葉にするのは難しいのですが、重厚な音ではありません。昔、銀塩の頃メインで使っていたEOS-3に対して、(サブの)EOS 55を使った時の感じを思い出しました。
・光の状況に応じて設定を臨機応変に変える必要のある現場でしたが、クイック設定は意外と便利です。
・クリック感のあるシャッターレリーズボタンは、撮影中は気になりませんでした。
・レリーズタイムラグは数値通り(60ms)のようで、EOS 40Dや50D(59ms)と比べてタイミングに違いを感じませんでした。
・やはり、重量が軽いのは撮影が楽です。長時間だと、50g、100gが筋肉に効いてきます。
・バッテリーをワンタッチで交換できないのは不便です。スピードライト用のブラケットを使っているので、いったん外さないとマガジンを取り出せません。
・バッテリー残量は、96%+96%→63%+67%となりました。
・世間の評判通り、JPEGの絵作りはシャープな感じです。EOS 50Dのソフトな感じとは明らかに違います。

2010年11月5日金曜日

尖閣諸島事件ビデオ流出

やがてこうなる、とは想像していたけど、この時期ですか。私は、この流出に直接関係しているかは現時点で不明ですが、「沖縄の怒り」を感じます。
米軍基地の負担を押し付けられ、日本の安全保障を負わされてるにもかかわらず、いざ事が起こっても犯罪者を釈放させられてしまう。何のために基地負担をしているのか、これでは分かりません。

しかし、ビデオを非公開とした政府の判断は誤りだと私は思いますが、その誤りを実力行使で正そうとするのは悲劇です。もしこのビデオ流出に公務員が関わっているとしたら、クーデターに等しい行為です。

日本の国は、主権者である国民の代表が運営すべきで、誤った判断だったとしても公務員は従うべきです。特に、軍事関係者は。

2010年11月4日木曜日

BG-E9その後

EOS 60D用のバッテリーグリップBG-E9の不具合ですが、交換品で4日間経って100%+100%→96%+96%という結果です。やはり、個体不良だったようです。

ところで、EOS 60Dはまだ現場で使っていませんが、気がついた点。
・持ちやすさは格段に向上している。特に、バッテリーグリップを使った縦位置のとき。
・モードセレクトボタンにロックがついたのが良い。(以前の機種ではガムテープで止めていた)
・背面のボタン配置が大幅に変わったが、使いやすい。ただし、左利きの人にはどうしようもない使い難さのはず。
・センサークリーニングの時に、“鳴く”。実用上は問題ないが、今までの二桁機ではなかったこと。
・シャッターボタンは廉価機の伝統でクリック感のあるもの。60Dではこのクリック感がさらに強くなっている。
・実際は60Dの重量が軽いのだけど、EOS 7Dと持ち比べてみると、60Dの方が重く感じる。

2010年11月3日水曜日

Inspired Movies〜Cocco〜ゴルディアスの結び目

Coccoの最新アルバム『エメラルド』は予約して買いました。リリースを記念したUstreamの映像ライブが8月にあって、よさこい祭りの取材を途中で切り上げて、ホテルに帰って見ました。

昔、「Coccoはインターネットが嫌いだ」と聞いていました。それが事実だったのか、Coccoは「インターネットが嫌いであるべきだ」という思い込みだったのか、最近考えが変わったのか、不明ですが、ここのところUstreamで積極的にプロモーションしています。

今日から連続で9日間、『エメラルド』のリリースを記念して、Inspired Moviesと題して映像作品が紹介されます。


※11/3〜11/11の23:00〜視聴可能

天才Coccoをして、沖縄テーストを表に出したアルバムの作りといい、例の普天間の問題といい、また、今月沖縄に行くという巡り合わせといい、書きたいことはたくさんあるのですが、なかなかまとまりません。

ゴルディアスの結び目というのは、ほどけない結び目のこと。沖縄の問題を、一つ一つほどいていこうとしても、ほどけないのではないか、そんな思いがしています。

沖縄に行って、帰ってきてからまた書きたいと思います。

エメラルド
エメラルド(初回限定盤)(DVD付)

2010年10月31日日曜日

BG-E9交換

交換品が届きました。S社の配送ミスがあって、今日は届かないかと思いましたが、夜に届きました。
これからバッテリーを入れて、異常な消耗が発生しないか確認します。

2010年10月29日金曜日

EOS 60Dの問題(2)

正確には、バッテリーグリップBG-E9の問題です。BG-E9を外して、EOS 60D本体にバッテリーを直接装着した場合、バッテリーが異常に早く消耗する現象は起こっていません。
BG-E9の初期不良と判断し、返品交換を依頼しました。

2010年10月27日水曜日

EOS 60Dの問題

EOS 60Dに問題が発生しています。まだ実際の撮影で使っていないのですが、バッテリーがすごい勢いで減っていきます。数カット撮影+10数分の電源投入で、あとは電源OFFで保管していたのですが、4日間で100%+100%→34%+29%になりました。

バッテリーグリップBG-E9の不具合の可能性があります。EOS 20Dの時(BG-E2)のような誤表示ではなく、充電器の動作の様子から判断して、実際にバッテリーが減っているようです。

また、EOS Utilityの最新版はVer. 2.9らしいのですが、アップデーターはVer. 2.8.1しか公開されておらず、アップデートができません。というか、ソフトのアップデート版は現時点でEOS 60Dに対応していません

これもいかがなものかと思います。

対応しているのは、EOS MOVIE Plugin-E1 for Final Cut Pro Ver1.1のみ
なお、英語版は10月15日にアップデーターが公開されています。DPPを含め、他のソフトもアップデート可能です。日本だけ遅れている(遅らせている?)ようです


追記
蕎麦屋の出前のような話ですが、10月28日にアップデーターが公開されました。EOS 60D発売から1ヶ月と少し経っています。

2010年10月23日土曜日

キヤノンEF-S18-55mm F3.5-5.6 IS

キヤノンEOS 60Dを買ったわけですが、レンズキットと1,000円ほどしか価格差が無かったので、EF-S18-55mm F3.5-5.6 IS付きにしました。EF-S15-85mm F3.5-5.6 IS USMを持っているので、必要性は無いのですが、ネットでの評判が良いので、「どんなもんか」と思っていました。

数枚試し取りしましたが、驚きました。抜群の写りです。接写から風景まで、万能に使えます。解像度とコントラストは申し分なし、色の乗りはL玉には及びませんが、この軽さと値段を考えると、ものすごいコストパフォーマンスの良さです。

やはり、一昔前のEFレンズとは、時代が違うんですね。

ところで、今日やっと液晶プロテクターが届きました。さっき、本体を箱から出して、組み立てました。改めて思いますが、本体、バッテリーグリップによる縦位置ともに、従来機に比べて持ちやすくなっています。

2010年10月20日水曜日

マーフィーのEOS 60D

EOS 40Dの耐久修理を見送り、EOS 60Dを買ったのはいいのですが、通販で個別に品物が送られてきます。最初に届いたのがバッテリーグリップBG-E9。それから、SDHCカード、本体と続きます。ただ、真っ先に欲しい液晶プロテクターが在庫切れのため発送もされていない状況で、まだ本体を箱から取り出していません。

全て揃ってから発送してもらえれば、お互いに手間が減るのに。これから届く予定なのがプロテクトフィルターとバッテリーパックLP-E6ですが、本体を箱から出せるのは、いつになるでしょう・・・。

2010年10月7日木曜日

EOSデジタル2桁機

EOSデジタル2桁機のEOS 50Dの後継機が、アッパーミドルのEOS 7Dと、エントリーミドルのEOS 60Dに分岐しました。それを機に、EOSデジタルの2桁機を概観してみたいと思います。ちなみに、私は全機種の使用経験があります。

EOS 10D
デジタル一眼レフを手の届く価格帯にもってきたエポックメイキングな機種。ただ、電源投入後の起動時間の長さといい、レリーズタイムラグの長さといい、私にとって使えるカメラでなかったのも事実です。

EOS 20D
EOSデジタル2桁機の名機と言ってもいいでしょう。EOS 10Dから比べると、格段の進化です。仕事で使えるカメラでした。絵作りも自然で、好ましい。
ただ、トラブルの多い機種でした。バッテリーグリップ使用時の容量誤表示問題は、メーカーが認めて改修対応となりました。その他にも、撮影中にフリーズすることが多々ありました。

EOS 30D
20Dのマイナーチェンジ機と言ってもよいでしょう。中身は全く同じ。20Dに比べてトラブルも無く、良い絵を作ってくれました。ファームウェアの更新が最も少ない機種で、安定しています。ただ、時代の流れが安住を許さなかったのはやむを得ない印象。

EOS 40D
映像エンジンを一新(DIGIC III)して登場。きびきびと動いてくれます。最初のシャッターレリーズ時の振動問題が話題になりましたが、修理で対応。私が使い倒した機種です。

EOS 50D
またまた、映像エンジンを一新(DIGIC 4)。ただ、JPEG画像は甘く、撮って出しはほぼ無理。RAWで撮ることが前提のカメラです。動画が撮れるわけでもなく、機種交代の谷間機種と言えるでしょう。しかし、2桁機では長期政権です。コストパフォーマンスの良い機種になっています。

2010年10月6日水曜日

2010年ノーベル化学賞

2010年のノーベル化学賞は3名に贈られ、2名の日本人が含まれています。北海道大学名誉教授の鈴木章氏と、米国Purdue University特別教授の根岸英一氏です。30年前の研究成果を評価するという、日本にとって微妙な受賞ではありますが、喜ばしいことです。

ただ、2年前も同じことを書いた記憶がありますが、今の日本の若い研究者が数年後数十年後にノーベル賞をもらえる研究ができているのか、大いに疑問です。

「ノーベル賞(1番)をもらう意味があるんですか!」

という仕分け人の絶叫が聞こえてきそうです。

「その研究の成果はいくらなんですか!」

という会計系仕分け人の声も。

“日本人”の受賞と言いつつ、今回も一人は米国在住です。数年後数十年後の受賞者は、誰も日本にいないのかもしれません。

はやぶさ2へのパブリックコメント募集

ただいま、小惑星探査機「はやぶさ」の後継機「はやぶさ2」の計画が立ち上がっています。この予算について、「元気な日本復活特別枠」でのパブリックコメントが募集されています。

「はやぶさ2」プロジェクトリーダーの吉川先生のコメントは以下の通りです。

「はやぶさ2」のパブリックコメントについての対応のお願い

すでにご承知のことかと思いますが、「元気な日本復活特別枠」要望についてのパブリックコメントの募集が始まっています。「はやぶさ2」もこの特別枠で提案されていますので、このパブリックコメントが非常に重要です。
是非、いろいろな立場の多くの方からご支援のコメントをいただきたいと思います。
このご連絡を差し上げている皆さんには、是非、「はやぶさ2」を支援していただくコメントを書いていただきたいですし、ご家族の方、お知り合いの方にもご連絡いただけますと幸いです。
「はやぶさ2」としては最後のチャンスとなりますので、よろしくお願いいたします。

吉川 真(JAXA はやぶさ2プリプロジェクトチームリーダー)


「はやぶさ2」の応援をしたい、という方は、官邸のページでユーザー登録を行い、
http://seisakucontest.kantei.go.jp/

「はやぶさ2」のページの内容を読んで、
http://seisakucontest.kantei.go.jp/project/detail.php?t=1908

「この要望について意見を提出する」をクリックし、意見を送信して下さい。
締め切りは、2010年10月19日(火)17時までです。

2010年9月29日水曜日

青の洞窟

「羽田からパリに行けるんだ」とぼんやり広告を眺めていたら、なぜか青の洞窟(イタリア)を思い出しました。あのとき、「ライフベストもヘルメットも付けなかったなぁ・・・」と。海外の基準です。

青の洞窟(1)

なぜかと言えば、青の洞窟に行くにはナポリに行く必要があり、そのナポリにパリ経由で行ったから・・・です。
青の洞窟(2)

2010年9月23日木曜日

中秋の名月

今日、出かける時に「月がきれいだ」と思っていました。中秋の名月でした。
近くに木星も見えていて、なかなかの絶景です。


2010/9/23 1:05

2010年9月21日火曜日

twitterの脆弱性

twitterの公式サイトをブラウザーで閲覧すると、XSSの脆弱性を突かれて表示がおかしくなったり、勝手にリツィートされる状態になっています。今から30分ほど前に、U.S.で対策を施した旨のアナウンスがありましたが、しばらくはtwitterにブザウザーでアクセスしない方が良さそうです。

今まで、それなりに便利に使ってきたのですが、普及すると攻撃を受けやすくなります。困ったものです。

2010年9月11日土曜日

月と金星

今日は、金星と火星とスピカの三角形に、三日月が参加しています。ただ、こちらは天気が悪く、肉眼では月と金星しか見えませんでした。双眼鏡では、スピカが見えましたが、写真にも写っていません。


2010.9.11 18:19

2010年9月1日水曜日

EOS 60D

キヤノンから、噂通り、8月26日にEOS 60Dが発表されました。今日、実機を触ってきました。

手に持った感じは、EOS 50Dなどと比べて一回り小さい印象です。右手からは、はみ出します。私にとっては、バッテリーグリップ前提となります。ただ、このバッテリーグリップの前面が出過ぎていて、レンズをホールドする左手に当ります。手になじむには時間がかかりそう。

シャッターを押した感じは特に問題はありません。軽快に切れていきます。ファインダーも見やすいですし、この辺りは従来のEOS二桁系を踏襲しています。

なお、シャッターレリーズタイムラグは60msとのことでした。これも、EOS 40DやEOS 50D(どちらも59ms)とほとんど変わりません。

私に取って悩ましいのは、バッテリーがLP-E6になって、EOS 40D、50Dと共通で使えなくなったこと。また、記録メディアもCFではなく、SDカードになりました。

取材に出かけるとき、バッテリーや、チャージャーやメモリカードを共通で使うことは、荷物を少なくし、機材の冗長性を上げるために必要なことですが、EOS 40Dの買い替えとしては厳しいことになります。

あるいは、EOS 5D markII、EOS 7Dのラインに一気に入れ替えるか、ですが。

追記:
シャッター耐久回数は約10万回とのことです。


Canon デジタル一眼レフカメラ EOS 60D ボディEOS60D

2010年8月21日土曜日

EOS 40D修理完了

EOS 40Dで、シャッターレリーズボタンの不具合(ボタンを押してもシャッターが切れないことがある)の修理が完了しました。「耐久が来ている(11万ショット以上を切っている)ので早めに対処するように」というコメントが付いていました。(つまり、前板ユニットとシャッターユニットを交換せよ、ということ)

それにしても、EOSデジタル一眼レフカメラは、シャッターレリーズボタンがよく壊れます。先々週、修理に出したEOS 30Dも同じ症状でした。

これって、耐久が来たら修理させるための、一種の“キヤノンタイマー”でしょうか?一眼レフは可動部があるため、寿命があるのは仕方がありません。しかしEOSでは、ユーザーが総ショット数を確認できないようになっています。むしろ、総ショット数を確認できるようにして、ユーザーの判断でメンテナンスに出せるようにしてほしいものです。

また、噂では、近々新製品の発表があるということなので、今回は耐久処理を見送りました。

2010年8月20日金曜日

docomoのハンドオーバーの失敗

xperiaで、電波が入る状態にも関わらず、3Gネットワークが切れる症状が頻発しています。電源の再投入で直るのですが、そういう仕様なのか、ドコモショップに確認に行ったら、私の断り無しに設定を初期化されてしまいました。orz

「初期化しますが、よろしいですか?」

ぐらい聞いてほしいものです。

2010年8月3日火曜日

エジプト旅行 タクシー

エジプトでは、タクシーであまり良い思いをしていない。ぼったくりは当たり前、支払いの時に急に態度が変わる、違う場所に降ろされる・・・。

ただ、何度もタクシーに乗っていると、良いドライバーと悪いドライバーのオーラが分かるようになる。外見で分かる、ぼったくりタクシーの見分け方。

1) 屋根にキャリアーを載せている
2) 車がピカピカ
3) 運転手が英語を話す

要するに、外国人観光客向けのタクシーということ。

アラビア語が話せれば、問題ないのだろうけど、すぐにはそうも行かない。

ただ、最終日に乗ったタクシーの運転手はいい人だった。ホテルに帰るために博物館の前で拾ったが、運転手は全く英語を理解しない。たまたま乗り合わせていた10歳くらいの男の子が通訳してくれた。
で、ホテルに向かったが、なんと道を間違える。私が地図を見せながら「方向が逆だ」と説明したら、分かってくれて、アラビア語で何かいいながらUターン。

一方通行でホテルの玄関には車をつけられないのに、それを試みようとしたり、人間が良いというのが伝わってきた。このドライバーは、ぼったくりではないので、払った料金も安い。

いや、本当はこういうドライバーにたくさん払うべきなんですね。

2010年7月27日火曜日

エジプト旅行 スーツケース修理

今回のエジプト旅行のケチの付け始めは、スーツケースの破損からだった気がします。取っ手がもぎ取られました。

10年以上使っているので、耐久かとも思いますが、それにしても本体は何ともないので丈夫なものです。旅行保険で修理して、直ってきました。

20年をめざしますか・・・。


2010年7月18日日曜日

「はやぶさ」帰還・カプセル回収祝賀会

小惑星探査機「はやぶさ」が帰還してから、ほぼ1ヶ月が経ちました。回収したカプセルの中に、微粒子が発見され、今後の解析結果に期待が高まります。

そんな中、7月17日に、「はやぶさ」帰還・カプセル回収祝賀会が相模原市立博物館で、関係者を集めて開催されました。私も出席してきました。

川口先生を始め、JAXAを古くから支えてきた方々、はやぶさの運用に尽力して下さったメーカーの方々、広報を担当した方々、そうそうたるメンバーです。

私の個人的なハイライトは、宇宙研・相模原キャンパス近くにある共和小学校の子どもたちからのビデオメッセージと、寄せ書き。
この子どもたちの中から、未来の科学技術を背負って立つ人物が登場することを期待してやみません。


寄せ書きを受け取る川口教授

セカンドハイライトは、RCSとリアクションホイールが故障して、はやぶさの姿勢制御が困難になったとき、太陽輻射圧を利用して姿勢制御するアイデアを「いつ思いついたか?」という質問に対する回答でした。

「打ち上げ前に想定していました」

とのこと。脱帽です。私もどちらかと言えば技術系の仕事をしている端くれの一人として、この“最後の追い込み”をやるか、やらないかがプロジェクトの正否を分ける分水嶺になるという実例は、教科書に大きく載せてほしいものです。
奇跡は起こるものではなくて、起こすものなのです。

2010年7月13日火曜日

エジプト旅行 2010.07.3 帰国

アレクサンドリアに来て初めて、ホテルで朝食を食べた。というか、初めて朝食をとった。普通のビュッフェである。コーヒーがありがたい・・・のだが、薄い、薄すぎる。きっと、ネスカフェをお湯にといて、ポットに入れているのだろうけど。

ちなみに、「こんなこともあろうかと」ウィダーインゼリーとカロリーメイトを持ってきていて、ミネラルウォーターも飲んでいるので、前日までの毎朝、飲まず食わずというわけではない。


このホテルのチェックアウトが12時なので、午後は歩いて行ける範囲を観光する予定。



手持ちのエジプトポンドがほとんどない。今日は国立博物館に行くことにしていたが、タクシー代を浮かせるために歩くことにする。しかし、博物館ではドルで払えなかった。ATMで引き出そうとするが、「サービス停止中」の文字が・・・。作戦の練り直し。いったんホテルに引き上げて、休憩する。フロントでは両替できず、ホテルの向かいのATMも止まっていたので、別のATMを探すために、街歩きをする。何とか見つけて、100ポンドを引き出した。博物館に戻って、35ポンドを払う。セキュリティーチェックが異様に厳しい。エジプトのホテルや、図書館にもセキュリティーチェックがあるが、警報が鳴ってもそのままフリーパスという状態に慣れていたので、逆に驚いた。


アレクサンドリア国立博物館は、それほど大きな施設ではないけど、面白かった。特に、地下2階にあるミイラの展示。一番奥のミイラのひつぎの内側の絵が美しい。よみがえるまでの間、あの絵に見守られるのか・・・。

もっとも、この絵を見るためには懐中電灯が必要。照明はトップからしか当てていないので、肝心の絵は見えない。(【注】遺物保存のため、強い光を当てるべきではない)

夫婦の像や、贈り物をする絵などを見ると、当時の人々の暮らしが想像され、いたわりなどが感じられて、昔のエジプトの社会が何となく分かってくる。やはり、博物館には来るものだ。

博物館から引き揚げると、送迎サービスを頼んでいたので、待つだけ。海岸通りの道を地元の人のように横断して、海を見に行った。ゴミだらけ。



街で掃除をしている様子を眺めていたら、ゴミは集めるのではなく、店先から道路にかき出すだけ。風に吹かれて飛んでいってしまうので、最後に海にたどり着くというわけ。

ありえない。


時間通りに、送迎の担当者が現れた。26日の往路担当と同じ人だったらしく、「なぜ到着しなかったのか」との質問。欠航になって遅れた経緯を説明する。
ちなみに、送迎サービスは送迎だけではなく、チェックインカウンター、パスポートコントロールまで付いてきてくれて、手続きを手伝ってくれる。なるほど。

アレクサンドリア空港はゲートが1箇所しかなく、また、例によって表示もない。いやな予感が・・・。飛行機は20:30出発予定だが、ゲートに行列ができた。搭乗券を見ると、搭乗手続きは19:40開始となっている。いまは19:25。「違う飛行機の行列だろうな」と思っていたが、アラビア語で係員が何か言っている言葉の一部に「カタール」と聞こえた気がした。係員とアイコンタクトしたら、こちらに向かってきた。搭乗券を見せると「この行列だ」という。ずいぶん早い搭乗だと思ったら、なんと、20:00に離陸してしまった。のんびりしていたら、乗り遅れていたということか。恐るべし、アラブ時間。

アレクサンドリア空港を飛び立つと、カタールのドーハ空港まで3時間半。往路はカタール航空を使っていないので、カタール航空機に乗るのはこれが始めてとなる。機材はピカピカと言っていい。

サービスは日本並みとはいかないが・・・。



ドーハ空港は、ごった返していた。買い物をする人、ベンチで休む人、さまざま。私は、COSTA COFFEEに向かう。向かいにOryxラウンジがあった。本来なら、往路で10時間のトランスファーの待ち時間を過ごすはずだったところ。

復路はトランスファーの時間がそれほどない。出発ゲートでは、関空・成田行きの便のためか、日本人の団体旅行者が多かった。

カタール航空では、シールが配られ、寝ていたい人は座席にDo not Disturbを貼れるようになっている。これですよ、これ。

ただ、機内食の“魚”は売り切れだった。私の座席の担当フライトアテンダントは、スペイン語で同僚の人と話していた。私との会話は英語だったが、「スペイン語で」と思ったけど、なんか、そういう雰囲気ではない。

関空まで寝てすごす。関空は、これがはじめて。このフライトは関空便だったものを、成田まで延長したため、トランジットが必要。いったん、機外に出る。
本当は関空→羽田が便利なのだけど、ANA便ではないので、そうはいかない。(だけど、ANAとの共同運航便ではある)

携帯の電源を入れたら、メールがばんばん入ってくる。「帰ってきた」

このあと、再び飛行機に乗り込み、成田に向かった。1時間ほどで到着。成田エクスプレスで都心に向かうが、この車内のハイテクなこと。しかもぴかぴか。

日本は未来社会ですか。


ちょっとした逆カルチャーショック。

いろいろあったけれども、無事に自宅に帰り着いた。
��旅の総括は別記事で)

2010年7月12日月曜日

エジプト旅行 2010.7.02 観光の日

今日は1日観光にあてる。現地催行のオプショナルツアーを予約していたので、9時のカイロ集合にあわせて5時起き。6時過ぎにホテルを出たが、案の定タクシーはつかまらない。歩いて駅に行く。相変わらず、どのホームから出発するのか分からないので、駅の人に聞く。車内に入って、中の人にも聞く(エジプトでは、ダブルチェックが基本)。

2時間半かけて、カイロに到着した。ガイドさんは、無事に私の名前を掲げて待っていてくれた。ギザの3大ピラミッド、赤いピラミッドと屈折ピラミッド、メンフィス、階段ピラミッドの順に回る。私はじっくり見物する派だが、次々と連れて行かれる感じ。いかにも日本人仕様にできている。それでも、これだけの観光地を自力で回るのは容易ではない。パッケージの強みか。



教科書で見るピラミッドを目の前にして、もっと感慨が沸くかと思ったが、それほどでもなかった。これは、ピラミッドにつながる背景が私の興味を喚起しないからかもしれない。何とか王朝の何代目の王様のお墓・・・といわれても、「それはすごいねぇ」と答えるしかない。
私が興味を持っているのは、ポンペイの遺跡のように、街の人がどんな暮らしをしていたかが分かるもの。エジプトでは残念ながら、ピラミッドを建設した人や、市民がどんな暮らしをしていたかは、ピラミッドを見ていても分からない。ちなみに、ピラミッドの石に当時の職人さんが何かサインを残していないか聞いてみたが、「無い」とのこと。がっかり。

翌日、アレクサンドリアの国立博物館で見た夫婦の彫像や、生活感のある絵はものすごく興味をもって見られた。まず博物館に行ってから、ピラミッドの実物を見るべきだった。

天文学にも深い関係のあるピラミッドではあるが、現地に行ってもそれが体感できるわけでもないので残念である。
ラクダに乗る体験もいいけれど、そういう施設も必要だと思うのです。って、これは日本人の発想か?



駆け足の観光を済ませて、ぎりぎり17時に帰着場所のラムセス駅に到着した。相変わらずプラットホームが分からない。こんどは6番線だという。ふ~む。まぁ、無事にアレクサンドリアに帰ってこられたから、いいか。

明日はいよいよ帰国の途につく。混沌と喧騒の国、エジプトから解放されるわけだが、反面ちょっぴり寂しい気もする。

混沌、というのは、実は違う。日本人から見て混沌なようでも、現地の人にとってはちゃんと調和している。信号の無い道路を横断する歩行者も、突然車線変更するドライバーも、ぼったくるタクシーも、ちゃんと彼らの論理に基づいて行動しているのだから。

ちなみに、現地のバスは基本的に停留所で止まらない。バスには飛び乗るか、飛び降りるかする。お昼ご飯のとき、ガイドさんに「車いすの人や、お年寄りはどうやってバスに乗るのか?」と聞いたら、「バスには乗らない」と大笑いされた。そういうもんですか・・・。
「バリアフリー」という概念を一所懸命説明したけど、結局分かってもらえなかった。過保護的に過ごしている日本人と、自己責任で生きているエジプトの人との考え方の溝を埋めるのは容易ではない。
さらに、ちなみに、ガイドさんは地元の大学で考古学を専攻している専門家。車のドライバーは、企業の元化学エンジニアで、リタイア後この仕事をしているという。ドライバーの息子さんは技術系の大学を卒業したが仕事が無く、娘さんは大学で薬学を勉強しているけど就職が難しそう、という話であった。このツアーの関係者は、現地では知識層に含まれると思うけど、社会的な現実は厳しいものがあると、話の一端から感じた。

2010年7月10日土曜日

エジプト旅行 ちょっとブレイク

アレクサンドリアの国際会議には、約300名の参加者のうち40名強が日本人だったらしいです。すごいパーセンテージ。1位はアメリカ(85名)だけど、日本は堂々の2位。3位がドイツの21名。

ちなみに、日本人の多くの人が、エジプトでお腹を壊したらしいです。これは、旅行記でもよく聞く話。日本人に限らず、その他の国の人でも同様だったみたい。

ただ、私は何事も無く、エジプトの料理をばくばく食べてました。エジプトの料理はおいしい。お腹を壊すこともありませんでした。現地ガイドに、「生ものは避けるように」というガイドブックの話をしたら、「大丈夫!」と言われ、実際に食べてみたけど何ともありませんでした。

私が特殊なのか・・・。

2010年7月9日金曜日

エジプト旅行 2010.7.01 VISAカードが使えない

朝9時に、Le Metropoleに移動するための最終確認として、「ホテルの予約担当をつかまえる」というホテルクラブ・ドットコムの連絡を待つ。無事、予約が確定したもよう。荷物をまとめて、Le Metropoleに向かおうと、チェックアウトの手続きをしたが、VISAカードが使えないというトラブルに巻き込まれた。“Issuer not found”というエラーが出る。東京のカスタマーサービスに国際電話して、使えるようにしてほしいと依頼したが、「そっちで勝手に何とかしろ」という回答。今回の旅行は呪われているとしか思えない。ファラオを侮ってはいけない。

やむなく、手持ちのユーロで支払って、Le Metropoleに向かう。このタクシー運転手もぼったくりだったが、それはよいとして、Le Metropoleのフロントは格式を感じさせるもの。立地もよく、最初からここに泊まれればどんなに良かったことか。



今日と明日の2日間は、観光にあてることにする。今日は、明日のカイロ往復のチケットをミスル駅で買った後、カタコンベとポンペイの柱を見に行った。カタコンベでは、日本人の団体旅行者と遭遇。エジプトにおよそ似合わないぴかぴかの大型バスで乗り付けている。だから、私が(金持ちと間違えられて)ぼったくられるわけだ。

カタコンベは写真撮影禁止なので、記憶にとどめて、次のポンペイの柱を見に行く。こちらは、三脚を使わなければ無料で撮影可能。入り口でやけに厳重なセキュリティーチェックを受ける。エジプトでは、アラームが鳴ってもフリーパスが普通だが、ここは厳しかった。チップを渡せというサインか?中に入場するが、観光客はほとんどいない。写真を撮りまくる。しかし、それほど大きな規模ではないので、見学はあっけなく終了。通りの店の喧騒をしばらく見て、タクシーでホテルに引き揚げる。



明日はカイロに行って、1日ピラミッドを見て回る予定で、早起き。それにそなえて、静養する。

2010年7月8日木曜日

エジプト旅行 2010.6.30 私のIPS三日目(最終日)

ベンダーのデモを見ても、今の私の立場ではしょうがないのかもしれないが、アレクサンドリア図書館まで来て、プラネタリウムを一度も見ないというのも何なので、朝一番のデモに参加する。それほど大きいドームではない。日本で言えば、中堅クラスにあたるだろうか。極めて普通の施設であった。



その後、アレクサンドリア図書館のツアーがあったので、こちらに参加。図書館は広々としていて、快適そうな空間であった。が、ツアー参加者は中を見られるわけでなく、ガラス越しに見るだけ。館内にある展示室を見せられたが、とりたてて何か良いものでもない。エジプト人のナショナリズムは高揚させるかもしれない。また、天文に関する古文書などもあり、好きな人にはたまらないかもしれない。



昼食の後は、私の属する黄色組(参加者は三色のグループに分かれていて、グループごとに行動することになっている)は何もすることがない。あとは、閉会のセレモニー、ガラ・ディナーが残されているが、ディナーに出席しない私は切り上げて、ホテルに引き返す。

もともと泊まる予定だったLe Metropoleに電話し、明日の夜から宿泊可能になるという確認を取る。明日移動して、市内観光を予定。

2010年7月7日水曜日

エジプト旅行 2010.6.29 私のIPS二日目

今日も朝食は抜きにして、IPS会場に向かう。ホテルのフロントで、タクシーの相場を25〜30ポンドと聞いておいたから、タクシー代は安くできる。20ドル両替して、261ポンドになった。
で、図書館に到着してみると、案の定上乗せを請求され、35ポンド払った。日本円で100円くらいの差だから、いいんだけど・・・。

会場では、ゲストスピーカーの講演を聞く。「ギリシャの天文学の知識がアラブに伝わってヨーロッパのルネッサンスにつながったという話は大嘘だ」という主張は興味深かった。コペルニクスは、数百年前のアラブ人の書物を“コピー”しているという話を、証拠を挙げて主張していた。その妥当性は私には判断できないけれど、興味深い話であることは間違いない。また、アラブの天文学の知識はイスラム教の要請から生まれたという視点も面白い。



この後、「天文学と教育」の口頭発表を続けて聞いた。

ベンダーデモ的なセッションはパス。今日は、ワールドカップの日本vsパラグアイ戦があるので。と思ったら、部屋ではワールドカップの試合をテレビで見られないという。本当に使えないホテルだ。
プライベートビーチにあるというパブリックビューイング会場で、日本vsパラグアイ戦を観戦する。この対戦カードでは、誰も見ていない。この試合は延長戦までもつれ込んで、PK戦で負けるという悔しい結果。エジプト人が「運が悪かった」と慰めてくれた・・・。

しょんぼりと、部屋に引き上げる。

エジプト旅行 2010.6.28 私のIPS初日

月曜日になったからか、送迎サービスを手配したオクトパス、ホテルの予約をしたホテルクラブ・ドットコムから次々と連絡が入る。ホテルの方は、満室で部屋が用意できないという。送迎の件は、メールの連絡が行っていない模様。メールシステムはどうなっているのか?

※実際にはメールは届いていたことが後に判明した。


朝6時に起きて、早めの朝食をとろうと思ったら、朝食は9時からだという。使えないホテル。コーヒーが飲みたいだけなのに。

結局あきらめて、アレクサンドリア図書館に向かうことにする。入り口でうろうろしたが、レジストレーションはすんなりできた。ベンダーブースで五藤光学の人に会う。プラネタリウム番組HAYABUSAの海外配給をすることになったということで、私のプレゼンのときに紹介することにする。

アレクサンドリア図書館

IPSのプログラムは、粛々と進んでいく感じ。ただ、私のプレゼンの順番が1番目から2番目に変わっていた。しかも、この会場の司会者が来ない。結局、いるメンバーで進めることにした。私のプレゼンの後で、はやぶさが州の鳥になっている人から声をかけられる。また、聴衆の一人にまんが好きの女の子がいて、こちらからも声をかけられる。あとで一緒に記念写真を撮ったが、残念ながら、私はまんがに詳しい立場ではない・・・。



アレクサンドリアの片側4〜6車線の海岸沿いの道路には、信号が1箇所もない。その道路を、時速100km近くで自動車が走るわけだが、歩行者はその車の間を縫って普通に横断する。恐ろしい・・・。
ちなみに、タクシーのスピードメーターは壊れていて機能していないので、100kmというのは私の感覚に過ぎない。


タクシーからの眺め。この写真を撮ったおかげで、(金持ちと思われて)ボラれた

2010年7月6日火曜日

エジプト旅行 2010.6.27 バンコクからアレクサンドリアへ

何故かタイに来ることになってしまった。私の初海外がタイだったけれど、今回はただのトランスファー。ゲート付近のベンチで普通に座って待っていた。それにしても、500mlのボルビックが3ドルは高い。

0:45に出発。予定より30分遅れ。疲れていたので、機内で寝ていたら、エジプト航空のフライト・アテンダントに叩き起こされた。「夕食がいるか?」という質問。寝かせておいてほしい・・・。(夕食は、ANA機内でも出されている)

カイロ空港には予定より早く5:30に到着。VISAの取得は簡単だった。両替を同時に済ませ、税関を通り抜けて最初の関門、アレクサンドリアへの足をどうするか。声をかけてきたツーリスト・インフォメーションのアドバイスに従い、鉄道を使うことにする。
そのためには、ラムセス駅に行かねばならない。国際線到着は第3ターミナルのため、バスターミナルに行くにはシャトルバスを使う必要がある。このバス乗り場が分かりにくい。どのバスがどこに行くのか、聞かないと何も分からない。最初に言われたバスに乗ったのはいいが、この運転手が別のバスに乗り換えろという。その運転手が運転するのだから、「ラムセス駅に行く」と言っているので大丈夫と思うしかない。

このバスは、バス停で待っている人を無視して市内を疾走して行く。乗っていた4〜5人を降ろして、私が最後になった。両替したばかりで、100ポンドしかなかったため、おつりを取りに運転手が出て行く。おつりをもらって、親切に道案内してもらったはいいが、肝心の駅ではない。結局、バスターミナルに連れてこられただけ。ここで流しのタクシーを拾って、ラムセス駅に向かう。距離はそれほど離れていない。多いかとも思ったが、10ポンドを渡した。
さて、ラムセス駅でアレクサンドリア行きの列車の予約をする。ここも不親切。時刻表がアラビア語なので、さっぱり分からない。窓口で聞くと、8時に駅に到着しているのに、最も早い到着の列車が11時発だという。3時間・・・。

構内で人間観察をする。列車が到着するたびに、忙しそうに出て行く大勢の人。迷子の子供が一人。構内をガードしている武装警官が行く手を見守る。駅案内所に誘導。列車(ディーゼル車)は、けたたましいエンジン音をたて、まるでジェットエンジンのよう。黒煙が高い天井に抜けていく。



ここで問題なのが、どのプラットホームから列車が出るのか、さっぱり分からない点。アナウンスはあるみたいだが、アラビア語でまったく理解できず。これも人に聞くしかない。目の前の4番線からとのこと。
やっとやってきた列車は、それほど高速で走るように見えない。「これが高速鉄道か・・・」。列車は、沿線の畑や民家を通り抜けていくが、全体的に貧しい印象を受ける。崩れかけた廃墟のようなアパートもあった。日本は、建設業が振るわないということで苦しんでいるが、ひょっとすると、海外に出れば巨大なチャンスが眠っているのかもしれない。

2時間30分かけてアレクサンドリアに到着した列車を降り、タクシーで予約しているホテルLe Metropoleに向かう。フロントでバウチャーを見せたら、キャンセルされているという。前日にFAXで延着を連絡していたが、その連絡がホテルに届いていないのだという。ここで押し問答を続けていても、疲れ果てた私は圧倒的不利なので、代替のホテルParadise Inn Maamuraに向かうことにする。ただし、このホテルは会議場から離れすぎていて、使い物にならない。それに、目の前にプールがあり、プライベートビーチがあるという、遊び人向けの仕様。完全に浮いている。



今晩一晩だけにしよう。とにかく、疲れた。

エジプトのレンガ造りの建物の屋根には、針金むき出しの柱らしきものが立っている。将来の増築を考慮しているのか・・・。
耐震性は大丈夫なのか、地震はないのか。ただ、ファロスの灯台は地震で倒壊したという。

エジプト旅行 2010.6.26 見切り離陸

翌朝、成田空港の運用時間を理由に出発できなかったという話を信じて、早めに起きる。しかし、航空会社からは何の連絡もない。
ドーハで10時間のトランスファーの余裕があるので、朝一番で出発すれば、乗り継ぎ便に間に合うのに。

やっと、カタール航空の南ウィングJカウンターに12:00集合がかかったので行ってみると、「出発の時刻は未定」という。単に、1,000円のミール券を配っていただけ。

ミール券を配るのにパスポートをチェックするか?

カウンターでは何の情報も得られず、15:00にアナウンスがあるという話の一点張り。やむなく昼食をとり、15:00にもう一度Jカウンターに行ってみるが、係員は誰もいない。

カタール航空、にげた。

16:30まで誰も現れず、空港内インフォメーションの内線電話からカタール航空の担当者と話をする。依然として出発の見込みは立っておらず、私の場合ドバイ経由のとんでもなく時間のかかるルートが提示された。(成田→ドバイ→ドーハ→アレクサンドリア)
当然これでは会議に間に合わないので、ANA/エジプト航空のバンコク経由カイロ行きを使わせてくれるよう依頼する。折り返しの連絡をもらうため、携帯電話番号を知らせたが、結局電話は無かった。

同時に、エジプト行きを間に合わせるため、自前でANA/エジプト航空便を当日予約した。302,000円なり。カタール航空の振り替えができるのかどうか、まったく不明のまま、出発の時間が迫ってきたため、搭乗する決心をする。
ちなみに、当日予約のため正規料金。そのためかどうか、ANAラウンジが使えるという・・・。

ANA便は予定通り、何のトラブルもなく離陸した。これが普通なんだけど。

ところで、今日は部分月食が見られる日。昨日からばたばたしていたので、すっかり忘れていたが、飛行機の窓から月を見て、左側が欠けていることに気づく。食分はそれほど大きくないようだが、この月が半周してイースター島の皆既日食を起こすと思うと、感慨深い。

2010/6/27部分月食
航空機から見た部分月食。下の光は航空灯。

ちなみに、スペインで、セビーヤ(セビリア)からバレンシアに飛行機で飛んだとき、窓から見た雲の海にかかる月が幻想的で美しかったのを思い出すが、天文現象を飛行機から見たのは、今回が始めてである。

月食は終わった。いま、月に22度ハローが出ている。

ところで、カタール航空QR802便に乗り込んで、降ろされることになったとき、機長のアナウンスで「成田空港の運用時間(23時まで)を過ぎたため」と、まるで成田空港会社が原因であるかのような説明だった。これが事実とすれば、翌朝一番で飛べばよいものを、翌日16時30分になっても飛ぶ気配がない。これは、自社の責任を回避しようとする方便だったのではないかと疑わせる。
その後、「夜を徹して作業したが、交換した部品が不良だった」「ドバイから部品を取り寄せて取り付けた」という情報を得ました。
ということは、欠航せざるを得ないのはかなり早い段階で分かっていたわけです。

2010年7月5日月曜日

エジプト旅行 2010.6.25 ドーハの悲劇

今回は、エジプトのアレクサンドリアで開かれる国際会議に出席するため、成田→ドーハ(カタール)→アレクサンドリアという経路でカタール航空のフライトを予約した。
成田空港に到着したとき、予定のフライトの出発が「到着便遅れのため」という理由で1時間遅い時刻に設定されていた。出発ゲートに着いたら、今度は1時間30分遅れだという。
それでも、22時には飛行機に搭乗した。ところが、いつまでたっても出発しない。機長のアナウンスで、整備中だという。「重要な部品のコンピュータが壊れて、交換中」とのこと。

機内では、出発もしていないのに「お食事」が配られる。

さらに機長から、「部品の交換作業を進めているが、成田空港の運用時間を過ぎてしまったため、飛べないかもしれない」というアナウンスがあった。

結局、日付が変わる直前、飛行機から降ろされることになった。出国の取り消しをして(パスポートの出国のスタンプの上にVOIDというスタンプが押される)、カタール航空の用意したホテル(マロウドインターナショナルホテル)に1泊することに。すし詰めの車で“送迎”される・・・。

ちなみに、地上スタッフに聞いても、翌日のフライトの情報は何も持っていないようであった。当然、乗り継ぎ便とどう接続するのかも不明。携帯電話の番号をメモして渡した。

エジプト旅行

先週、会議出席のため、始めてエジプトに行きました。とんでもないことになったわけですが、その顛末を何回かに分けて、書いてみようと思います。

2010年6月14日月曜日

「はやぶさ」ライブ中継終了

昨日は慌ただしい1日でした。朝、宇宙研に行った時は、それでものんびりした雰囲気が無くもなかったのですが、午後になるとたくさんの見学者が集まり始め、パブリックビューイングの準備やら、中継設備の確認やら、作業が目白押しです。

中継は、予定通り18時から始めましたが、こちらの予想を遥かに上回るペースでアクセスが増えていきました。20時前には、こちらで用意した動画の配信数の上限をたたいたので、「こんなこともあろうかと」用意していたUstreamのページを公開する方針をJAXAの担当者に伝え、了解をもらって公開に踏み切りました。
この時のアクセス数の増え方が尋常でなかったのが印象的です。日本で、あるいは世界で、「はやぶさ」の帰還を見守ろうとする方が、こんなにも多いのか、そういう感想でした。

しかし逆に、それを受け入れるネットワークの体制を整えるのは容易ではありません。ご理解は頂いていると思うのですが、JAXAの予算は潤沢ではありません。その中から、いろんな工夫をして、できるだけの多くの人に見て頂けるように準備したつもりでしたが、完璧とは言えない状況になったことは、申し訳なかったと思います。

ただ、私たち中継スタッフの使命は、この映像やネットの評判を見たり聞いたりした子どもたちや若者の何人かが、「自分も、私もチャレンジしてみよう」と思って頂けるかにあると思います。
「はやぶさ」は、数々の世界初の快挙を成し遂げています。また、アポロ13号に匹敵するような、様々な困難を克服してきました。そんな、いろんな知恵や、工夫やノウハウを、次の世代に繋いでいかないと、「はやぶさ」がただの昔話になってしまいます。

日本が、科学技術の分野で世界をリードするような位置にいるためには、「はやぶさ」ってすごかったね、だけで終わらさず、自分たちの「はやぶさ」を作り出せるような社会でなければいけないと思うのです。

JAXA管制室の集合写真
運用を終えたJAXA管制室にて

2010年6月9日水曜日

「はやぶさ」のライブ中継

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ」の帰還に際し、JAXA管制室からのライブ中継を、株式会社メディア・アイ・コーポレーションでやることになりました。

■ライブ中継
日時:2010年6月13日(日)18:00〜24:00(予定)
形式:Windows Media
提供:無償

Hayabusa Live 2010 - Way Back to the Earth -
http://www.media-i.com/Hayabusa/

小惑星探査機「はやぶさ」の帰還中継の実施について
http://www.media-i.com/www/Info/PR20100609.html

2010年6月6日日曜日

はやぶさ帰還まで、あと1週間

小惑星探査機「はやぶさ」が、来週の日曜日にオーストラリアのウーメラ砂漠に着陸予定です。2003年の打ち上げ、2005年の小惑星「イトカワ」の探査に続いて、サンプルリターンのミッションの最終段階となるカプセルの着陸です。

会社でも、このミッションの模様をライブ中継しようと計画しています。本当は、もっといろいろな企画をしたかったのですが、今年はJPA(日本プラネタリウム協議会)と日程がバッティングして、リソースを割けませんでした。

私は、管制室の隣で静かに見守ろうと思います。

はやぶさ、地球へ! 帰還カウントダウン
http://hayabusa.jaxa.jp/

はやぶさ on twitter | 帰還カウントダウン
http://www.mic-paris.com/Hayabusa/twitter.html

2010年6月2日水曜日

HAYABUSA -Back To The Earth-

宇宙研(宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所)での打ち合わせ(「はやぶさ」帰還のライブ中継)の終了後、向かいにある相模原市立博物館で上映されている全天周映像「HAYABUSA -Back To The Earth-」を見ました。
時間的にぎりぎりでしたが、IPS(国際プラネタリウム協会)で「はやぶさ」の発表をする手前、番組を見ないわけにはいきません。

内容的には、結構省略されていたり、表現方法としてどうかな?と思う部分はありましたが、一般向けに分かりやすく見せるという意味では、許容の範囲でしょう。CGは見応えがありました。

この番組を見て「泣いた」という話がネットにたくさん出ていたので、「どういう脚本か」と思っていたのですが、どうなんでしょう。平日の昼間だったので、観客数は20名少々でしたが、上映終了後のチラミの印象では、女性の方々はみなさん涙を流していたように見えました。(隣の娘−知り合いでもなんでもない−は、番組中に泣いていました)

「はやぶさ」は探査機=機械なんですが、擬人化して受け入れられているんですね。

いよいよ、2週間後に帰ってきます。

2010年5月22日土曜日

スマートフォンというか、PDAというか・・・

ずいぶん前、信頼している知人から「iPhone良いよ」と言われ、「それは分かっている」と思いつつ、「バンクだしなぁ・・・」と思って、スマートフォンに手を出さないでいました。

いや、その有用性は分かっているつもりでした。むかし昔、AppleがApple Computerと名乗っていた頃、Newton MessagePad 110をアメリカで買ってきたのは、私です。しかしその後、Appleの紆余曲折があって、Newtonから撤退。その後、PalmTopという製品がSONYから出されましたが、それもいつの間にか消滅。

結局、PDA(死語か・・・)は消費者に受け入れられない、という評価になりつつあったとことに、携帯電話側からのアプローチであるスマートフォンが爆発的な人気になっているわけです。
当時と今で、載っているアプリケーションにそれほど差はないと思いますが、1) 無線でつながる、2) アプリケーションの流通がやりやすいという2点の長所が、携帯電話の技術と合流して製品としての完成形をみた、という感じです。

そして、ntt docomoのXperiaが人気、という状況で、取引先のお客様から、「(あなたの商売柄)スマートフォンを持っていないとマズイよね」というご指摘をいただいて、ただの携帯電話N905iμの2年の縛りが解けるのを機に、Xperia(SO-01B)に機種変更しました。

さすがに、Newton MessagePadの頃から技術の進歩を感じます。また、私の場合Wi-Fiで使うことが多いので(自宅では無線LAN、外出先ではMzone)、b-mobile simを契約し、パケット通信料をおさえることにしました。

これは、月々2,500円ほどで、パケット通信が使い放題になるMVNOサービスです。通信専用なので、音声通話ができないのと、通信帯域が上限約300kbpsに制限されるのが注意点です。
私の場合、音声通話はもとのSIMをN905iμに挿して、N905iμで通話(とiモード)しますし、通信はWi-Fi中心なので、不便は無いわけです。

これで、Newton以来のポータブル情報端末の利用者になりました。


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2010年5月12日水曜日

初キタカ、初トイカ

昨日、札幌に日帰り出張して、JR北海道の「キタカ」をSuicaで利用しました。今日、品川駅のスターバックスで、「トイカ」端末をSuicaで利用しました。携帯で言うところのローミングですが、こんなに狭いニッポンで、イコカだの、スゴカだのバラバラなのが私には信じられません。それぞれの会社が顧客の囲い込みをやろうとして、顧客の利便性への視点がどっかに行ってしまったようです。

最近は、上記のように相互利用が進んだので、実質的な不便さは無くなりつつありますが、統一カードにしなかった結果のコストは結局消費者が払わされることになるわけです。

ちなみに、Suica所持の私が困っているのは、PiTaPa(関西私鉄)とつながっていないこと、「ですか」(高知の電車・バス)はつながる予定も無いこと(この規格は環境省)です。すっごい、個人的ですが・・・。

2010年5月6日木曜日

もんじゅ稼働再開

高速増殖炉もんじゅが、今日稼働を再開しました。ナトリウム漏れ事故を起こして以来、14年ぶりです。このもんじゅには、いままで9,000億円を投入し、これからも毎年200億円をかけるのだとか。

ざっくり、1兆円です。

私が推奨する軌道エレベーターの建設費が2兆円で、その半分です。(ちなみに、軌道エレベーターで発電ができる)

また、太陽光発電や藻由来の油など、新エネルギー開発に同じ予算を投入したら、もっと効率的な税金の使い方になったかも知れません。

高速増殖炉の実用化が現実的なスケジュールに乗るのか、不透明ですが、関連企業を養うためだけに税金を投入することだけは止めてほしいものです。

2010年4月29日木曜日

トルカ?

先日、品川駅のスターバックスに行ったとき、「Tolca」のカードリーダーがレジに新しく設置されていました。

Tolca ?

という気持ちでした。ntt docomoのToruCaなら知っていますが、「Tolcaって何だ?」という気持ちです。

調べてみたら、JR東海のICカードの愛称。しかも、「トルカ」ではなくて、「トイカ」。エルではなく、アイなのです。

新幹線改札の上にあるので、JR東海の管轄なのでした。
今年の3月13日からSuicaと電子マネーの相互利用が始まったみたいなので、Suicaで決済できるはずです。
いつも、小銭を用意していたので、これからは小銭を持つ必要がなくなり、便利です。

2010年4月26日月曜日

JAXAiの廃止

本日、行政刷新会議の開催した事業仕分けで、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の広報施設JAXAi(ジャクサ・アイ)が「廃止」と判定されました。1億円の運営費に見合うだけの効果が認められない、という理由です。

箱ものの広報施設の効果測定、というのは難しい課題で、特に先端分野の科学技術を一般に周知するというテーマの難しさも加わって、JAXA側からの納得できる説明ができなかった、ということになると思います。

本当は、丸の内に広報施設を運営することの定量的目標が何で、年度ごとに達成されたのかされなかったのか、それを達成するための手段として、どのような選択肢があり、選択肢の中から最もコストパフォーマンスの高いものを選んだのか、別の理由で選んだのか、そういう議論になれば、やる意義もあったと思うのですが、残念ながら、そうはなりませんでした。

ただ、科学技術分野に関する午前中からの議論を聞いていて、松井先生は別にして、全体の議論のレベルがあまりにも低いことが気になります。

この会議は、パーキンソンの凡俗法則(Parkinson's Law of Triviality)の典型例になると思います。教材にできるレベル。伝家の宝刀のように飛び出す「ガバナンス」という言葉も、結局何を言っているのか、中身がさっぱり分かりません。

広報をすれば「自己正当化だ」と批判され、広報を控えれば「説明が足りない」と怒られる。研究者にとって、日本は住みやすいところではないようです。

2010年4月25日日曜日

「桃太郎」にアンパンマンが登場してはいけないのか?

筑波大学大学院の徳田克己教授が、伝統的な昔話に認知に関する調査を行ったという記事がありました。むかし話「桃太郎」で、主人公と鬼退治のお供に行ったのは誰(何)か、という質問に対する正答率が、20年で大幅に低下したというのです。
そして、誤答の中に、アンパンマンが登場したことを批判的に取り上げています。徳田口授は、「日本の昔話には年寄りをいたわる、うそをつかないなどの道徳が自然に身に付くものが多く、大切にしてほしい」というコメントを寄せています。

はたして、そうでしょうか?

取り上げられた「桃太郎」物語は、地域により、時代により大きく変わっています。桃太郎が生まれたのは、流れてきた桃を食べた老夫婦が若返ったから、という伝承や、桃太郎が女の子だったという話もあります。

いったい、いつの時代の、どの地域の物語を“正解”にしたいのでしょうか?

特定の出版社の、特定の著者の物語だけを“正解”とし、それ以外を不正で不当なものと断定するのは、極めて危険だと感じます。民話や伝承は、地域や時代によって変遷して良いし、変遷するべきものです。

明治時代、桃太郎が戦装束をまとい、日本国がアジアを(キジやサルのように)従えるのだ!と教育されたことを、忘れるべきではないと考えます。

だいいち、昔話が「道徳的」というのは、事実誤認も甚だしいのです。

子どもたちには、アンパンマンでも、ウルトラマンでも、いろんな登場人物や動物たちが出てくる、楽しい物語を次々に創造していってほしいものです。

桃太郎、アンパンマンと鬼退治!? 昔話を知らない子供たち、20年で正答激減
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100425-00000030-san-soci

2010年4月20日火曜日

スペースシャトルSTS-131着陸

日本人宇宙飛行士・山崎直子さんが搭乗したスペースシャトルディスカバリー号がフロリダ州ケネディ宇宙センターに無事着陸しました。
おつかれさまでした。






※画像はいずれもNASA TV

2010年4月16日金曜日

「はやぶさ」の帰還

小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)が、いよいよ地球に帰ってきます。

さまざまなトラブルに見舞われ、一時はどうなることかと思った「はやぶさ」ですが、関係者の努力により、今年の6月に地球に帰還する軌道に乗せることに成功しました。

2003年のM-Vロケット5号機の打ち上げに立ち会い、2005年の小惑星「イトカワ」への着陸を管制室で見守ったいきさつから、特にこの探査機には思い入れがあります。

ひさしぶりに、DVDで「祈り Return of the Falcon」を見ました。この時は、2007年に帰還する想定でビデオが作られていますが、さらに3年の年月が経ちました。

お土産のサンプルをもった「はやぶさ」は、オーストラリアに到着する予定です。
��しかし、本体は大気との摩擦で燃え尽きてしまいます・・・)

はやぶさ、地球へ!〜帰還カウントダウン〜
http://hayabusa.jaxa.jp/index.html

祈り 小惑星探査機「はやぶさ」物語
http://spaceinfo.jaxa.jp/inori/index.html

2010年4月5日月曜日

スペースシャトルSTS-131打ち上げ

JAXAの宇宙飛行士・山崎直子さんが搭乗した、スペースシャトルディスカバリー号が打ち上げられました。私は、NASA TVの中継をずっと見ていました。まずは一安心です。ISSでも活躍してほしいです。






※画像はいずれもNASA TV

2010年4月2日金曜日

BEST OF jimama

前から気になっていたji ma maの、ベスト盤BEST OF jimamaを買いました。

沖縄のアーティストですが、大洋薬品のCMで流れている曲を聴いて、「いい曲だなぁ」と思っていたのです。
こんなに優しい曲を作るji ma maですが、地元の沖縄では米軍普天間基地の移転問題が物議をかもしています。それでなくても、沖縄には日本の安全保障で過大な負担をかけているのに、こんな曲を聴いてしまうと、沖縄に対して申し訳ないという気持ちにならざるを得ません。

ところで、曲ですが、やはりCMで使われていた『想い 〜ウムイ〜』と『大丈夫』が秀逸です。その他の曲も珠玉の連続。『大丈夫 long version 〜明日〜』も収録されています。お勧めのアルバムです。