今日でパソコン通信サービス(BBS)を最後まで行っていたNIFTYが、サービスを終了します。私が最初に入ったはPC-VANでした。最初の頃は300bpsという、今にしてみれば超低速の通信速度で、文字が表示されるのを目で追いかけることもできました。NIFTY-SERVEにも直後に加入しました。現在も当時のIDをそのまま持っていますが、明日から会員種別が強制的に変更されるようです。
もちろん、インターネットの普及でBBSの意味が余り無くなったことが理由ですが、それでも20年弱の間サービスを提供したのですから、それなりの感慨を持ちます。
さて、20年後の今日、どんなサービスが一般的になっているでしょう・・・。
2006年3月31日金曜日
ネイティブスピーカー
ネイティブスピーカーじゃないと、「ちょっと分からない」という引っかけ文があります。例えば、
I think that that that that that man used in that sentence was wrong.
タイトルは忘れましたが、昔読んだ本に載っていたフレーズ。もちろん、正しい文になっています。(意味は「あの人があの文章で使ったあのthatは間違いだと思う」)
逆に、日本語を流暢に話す外国出身者に下記の文を見せても意味が分からないようです。
わたしはははははなしたとおもった。
意図的にひらがなで書いている訳ですが、日本語を母国語とする人だったら問題なく分かると思うのです。
言葉って難しいなぁ、と再認識しています。
I think that that that that that man used in that sentence was wrong.
タイトルは忘れましたが、昔読んだ本に載っていたフレーズ。もちろん、正しい文になっています。(意味は「あの人があの文章で使ったあのthatは間違いだと思う」)
逆に、日本語を流暢に話す外国出身者に下記の文を見せても意味が分からないようです。
わたしはははははなしたとおもった。
意図的にひらがなで書いている訳ですが、日本語を母国語とする人だったら問題なく分かると思うのです。
言葉って難しいなぁ、と再認識しています。
2006年3月29日水曜日
威風堂々な彼女
仕事で鹿児島に行った時、たまたま時間があって付けていたテレビで『威風堂々な彼女』(韓国MBC/鹿児島読売テレビ)の第1回目が放送されていました。
深夜作業だったりするので、昼間は逆に休憩時間ということもあるのです・・・
相当深刻な内容も含まれていて、その第1回目と、第2回目(いずれも部分的にしか見られませんでした)の放送からこの後どうなるか、気にしていました。東京に帰って来てTVKで放送していることを発見。ただ、既に放送回数が進んでいました。
そこで、例によってネットで追いかけることにしたのですが、深刻な内容があるものの、落ち込んだりする訳でもない、笑いあり、ネタあり、突っ込みどころ満載のドラマということを認識。さすが韓ドラと思いつつ、気がついてみたら結局最終回まで見てしまいました。
しかし最終回の最後でそう来るとは・・・。参りました。
このドラマの魅力のほとんどは主演のペ・ドゥナですね。
AII「ドラマ韓」威風堂々な彼女
http://www.aii.co.jp/contents/ifuu/index.html
ペ・ドゥナ Official Homepage
http://www.doona.net/
深夜作業だったりするので、昼間は逆に休憩時間ということもあるのです・・・
相当深刻な内容も含まれていて、その第1回目と、第2回目(いずれも部分的にしか見られませんでした)の放送からこの後どうなるか、気にしていました。東京に帰って来てTVKで放送していることを発見。ただ、既に放送回数が進んでいました。
そこで、例によってネットで追いかけることにしたのですが、深刻な内容があるものの、落ち込んだりする訳でもない、笑いあり、ネタあり、突っ込みどころ満載のドラマということを認識。さすが韓ドラと思いつつ、気がついてみたら結局最終回まで見てしまいました。
しかし最終回の最後でそう来るとは・・・。参りました。
このドラマの魅力のほとんどは主演のペ・ドゥナですね。
AII「ドラマ韓」威風堂々な彼女
http://www.aii.co.jp/contents/ifuu/index.html
ペ・ドゥナ Official Homepage
http://www.doona.net/
2006年3月25日土曜日
第21話 野いちごの味
皇太后は、ハン尚宮が居ないのなら競い合いをする意味は無いと言う。しかし皇后が、料理を作っている女官は明国の使者に勇気を持って野菜料理を出した信念の持ち主で、出された料理の味も良いのだから、皇太后の誕生祝いと言う趣旨も踏まえてそのまま競い合いを続けるよう主張する。王もそれに賛成する。皇太后も納得し、競い合いが続けられる事になった。
四品目は焼き物。チャングムは「松茸の焼き物」、チェ尚宮は「エビの焼き物」を出す。チェ尚宮の料理を見た皇太后は「普通のエビではないか」と言うが、ひとくち口にして驚く。味が全く違うのだ。料理は手間の分だけ美味しくなるもの、と王も感心する。チェ尚宮の勝ち。
その頃、監禁されていたハン尚宮は何とか脱出に成功し、ミン・ジョンホの手助けで宮殿に向かう。チョンホは付近の捜索を部下に命ずる。
五品目は肉料理。チャングムはハン尚宮が戻らないという事で、「やるしか無い」とヨンセンに言う。しかし、緊張のあまり手元が震える。チャングムが出したのは母の秘伝を使った鶏の料理。チェ尚宮はヨンジョ(子豚の肉料理)を出す。チェ尚宮は自信満々だが、チェングムの料理を口にした皇太后が驚く。チャングムはブクリュウカンというかまどの土を使って料理したと説明する。感心する一同。良い食材を使ったチェ尚宮に対し、普通の食材でおいしい料理を作ったチャングムの勝ちと判定される。
やっと宮殿に戻ったハン尚宮だが、競い合いの料理づくりをそのままチャングムに任せると言う。
六品目はビビンバ。チャングムはヨンセンの心配をよそに、釜のままでビビンバを出す。「無礼な」と怒る女官長。「何か理由があるのでしょう」と取りなす皇后。チェ尚宮はカニの醤油漬けビビンバを出す。チャングムの料理を食べた一同は、料理を温かいまま食べられるチャングムの工夫に感心する。王は絶賛する。今回もチャングムの勝ち。お互いに三勝三敗で、最後の菓子で決着がつく事になった。クミョンはチェ尚宮に、自分が作った菓子だから自信があると言う。一方チャングムも、一番の自信作という自負を持っている。チャングムは野いちごの砂糖漬け、チェ尚宮はツルニンジン揚げを出す。皇太后に競い合いでの最高の料理は何かと聞かれ、チェ尚宮は五品目のヨンジョと答える。チャングムは最後の野いちごの砂糖漬けと答える。チャングムは、自分が見つけて来た野いちごを美味しいと言って食べて亡くなった母親の話をし、庶民が食べる食べ物を美味しいと言って食べるよう王は民を見守ってほしいと言う。その話に感動する王。皇太后は、王がそこまでチャングムを褒めるのなら、競い合いはチャングムの勝ちとし、「ハン尚宮を最高尚宮に任命する」と宣言する。
競い合いが終わって、チョン最高尚宮は肩の荷が下りる。また、チャングムはハン尚宮の話から、何者かに拉致され競い合いの妨害工作があった事実を知る。その夜、退膳間の当番のチャングムにチョンホが声をかける。チャングムの言葉に感動したというのだ。「そう言われると身の置き場が無い」と照れるチャングムであった。
翌朝、ハン尚宮拉致の犯人がどうなったか気になったチョンホが役所に行くと、釈放されると言う。隊長に聞いても「お前の勘違いだ」と一蹴される。腑に落ちないものを感じたチョンホはカン・ドックから事情を聞き、また、ユン・マッケの料亭で芸者から話を聞く。その頃、同じ料亭でオ・ギョモがチェ・パンスルを怒鳴りつけていた。チェ尚宮が競い合いに負けて、水刺間への影響力が無くなっては司䈎院の担当である自分と、仕入れを独占しているパンスルの持ちつ持たれつの関係が成り立たなくなると言う。パンスルは、何とかして競合の結果を覆してほしいとオ・ギョモに依頼する。
チョン最高尚宮は皇太后に面会し、最高尚宮職を辞したいと申し出る。許可をもらった最高尚宮は、三日後にハン尚宮への引き継ぎの儀式を行う事にする。しかし、競合の結果に納得のいかないチェ尚宮は、各部署の尚宮たちに根回しをし、ハン尚宮の最高尚宮就任を阻止しようと画策する。そんな事を知らないヨンセンは、チョン最高尚宮との別れを惜しむ。また、最高尚宮はハン尚宮に上に立つものの心得を諭し、チェ尚宮に身を引くよう説得し、女官長にハン尚宮を支えてほしいと依頼する。
引き継ぎの儀式の日、チョン最高尚宮が式場に来てみると誰もいない。ただ一人ハン尚宮だけが立っていた。その頃、執務室で女官長に競合の結果に不平を唱える尚宮たちがいた。ミン尚宮は狼狽える。部屋を抜け出して仮病を使おうとチャンイと話しているところを最高尚宮に見つかる。事態を知った最高尚宮は、執務室に怒鳴り込む。しかしその時、最高尚宮は気を失ってしまう。
☆
チャングムの最高の料理は、母親が亡くなる時に食べた野いちごでした(第2話)。料理としての質はひょっとするとチェ尚宮の方が上回っていたかも知れませんが、一貫したテーマである「料理は真心」ということを強く印象づけています。皇后の発言が折に触れてチャングムを助けます。今後、皇后はますますチャングムに深く関わってきます。また、王がチャングムを絶賛します。これも後の展開を考えると面白い。
☆
今週の名言
「上に立つ者は毅然としつつも多少の融通を利かせなければならない」
次期最高尚宮に決まったハン尚宮をチョン最高尚宮が呼んで、ハン尚宮を諭して言った言葉。理想の上司ハン尚宮ではありますが、最高尚宮職は今まで以上に多くの部下を抱え、女官の各々の思惑の中で彼女らを取りまとめて行かなければなりません。料理の腕前(業務の実力)で重要な役職に就任する事になるハン尚宮ではありますが、マネージメントはそれだけでは勤まりません。その事を示唆した名言です。
四品目は焼き物。チャングムは「松茸の焼き物」、チェ尚宮は「エビの焼き物」を出す。チェ尚宮の料理を見た皇太后は「普通のエビではないか」と言うが、ひとくち口にして驚く。味が全く違うのだ。料理は手間の分だけ美味しくなるもの、と王も感心する。チェ尚宮の勝ち。
その頃、監禁されていたハン尚宮は何とか脱出に成功し、ミン・ジョンホの手助けで宮殿に向かう。チョンホは付近の捜索を部下に命ずる。
五品目は肉料理。チャングムはハン尚宮が戻らないという事で、「やるしか無い」とヨンセンに言う。しかし、緊張のあまり手元が震える。チャングムが出したのは母の秘伝を使った鶏の料理。チェ尚宮はヨンジョ(子豚の肉料理)を出す。チェ尚宮は自信満々だが、チェングムの料理を口にした皇太后が驚く。チャングムはブクリュウカンというかまどの土を使って料理したと説明する。感心する一同。良い食材を使ったチェ尚宮に対し、普通の食材でおいしい料理を作ったチャングムの勝ちと判定される。
やっと宮殿に戻ったハン尚宮だが、競い合いの料理づくりをそのままチャングムに任せると言う。
六品目はビビンバ。チャングムはヨンセンの心配をよそに、釜のままでビビンバを出す。「無礼な」と怒る女官長。「何か理由があるのでしょう」と取りなす皇后。チェ尚宮はカニの醤油漬けビビンバを出す。チャングムの料理を食べた一同は、料理を温かいまま食べられるチャングムの工夫に感心する。王は絶賛する。今回もチャングムの勝ち。お互いに三勝三敗で、最後の菓子で決着がつく事になった。クミョンはチェ尚宮に、自分が作った菓子だから自信があると言う。一方チャングムも、一番の自信作という自負を持っている。チャングムは野いちごの砂糖漬け、チェ尚宮はツルニンジン揚げを出す。皇太后に競い合いでの最高の料理は何かと聞かれ、チェ尚宮は五品目のヨンジョと答える。チャングムは最後の野いちごの砂糖漬けと答える。チャングムは、自分が見つけて来た野いちごを美味しいと言って食べて亡くなった母親の話をし、庶民が食べる食べ物を美味しいと言って食べるよう王は民を見守ってほしいと言う。その話に感動する王。皇太后は、王がそこまでチャングムを褒めるのなら、競い合いはチャングムの勝ちとし、「ハン尚宮を最高尚宮に任命する」と宣言する。
競い合いが終わって、チョン最高尚宮は肩の荷が下りる。また、チャングムはハン尚宮の話から、何者かに拉致され競い合いの妨害工作があった事実を知る。その夜、退膳間の当番のチャングムにチョンホが声をかける。チャングムの言葉に感動したというのだ。「そう言われると身の置き場が無い」と照れるチャングムであった。
翌朝、ハン尚宮拉致の犯人がどうなったか気になったチョンホが役所に行くと、釈放されると言う。隊長に聞いても「お前の勘違いだ」と一蹴される。腑に落ちないものを感じたチョンホはカン・ドックから事情を聞き、また、ユン・マッケの料亭で芸者から話を聞く。その頃、同じ料亭でオ・ギョモがチェ・パンスルを怒鳴りつけていた。チェ尚宮が競い合いに負けて、水刺間への影響力が無くなっては司䈎院の担当である自分と、仕入れを独占しているパンスルの持ちつ持たれつの関係が成り立たなくなると言う。パンスルは、何とかして競合の結果を覆してほしいとオ・ギョモに依頼する。
チョン最高尚宮は皇太后に面会し、最高尚宮職を辞したいと申し出る。許可をもらった最高尚宮は、三日後にハン尚宮への引き継ぎの儀式を行う事にする。しかし、競合の結果に納得のいかないチェ尚宮は、各部署の尚宮たちに根回しをし、ハン尚宮の最高尚宮就任を阻止しようと画策する。そんな事を知らないヨンセンは、チョン最高尚宮との別れを惜しむ。また、最高尚宮はハン尚宮に上に立つものの心得を諭し、チェ尚宮に身を引くよう説得し、女官長にハン尚宮を支えてほしいと依頼する。
引き継ぎの儀式の日、チョン最高尚宮が式場に来てみると誰もいない。ただ一人ハン尚宮だけが立っていた。その頃、執務室で女官長に競合の結果に不平を唱える尚宮たちがいた。ミン尚宮は狼狽える。部屋を抜け出して仮病を使おうとチャンイと話しているところを最高尚宮に見つかる。事態を知った最高尚宮は、執務室に怒鳴り込む。しかしその時、最高尚宮は気を失ってしまう。
☆
チャングムの最高の料理は、母親が亡くなる時に食べた野いちごでした(第2話)。料理としての質はひょっとするとチェ尚宮の方が上回っていたかも知れませんが、一貫したテーマである「料理は真心」ということを強く印象づけています。皇后の発言が折に触れてチャングムを助けます。今後、皇后はますますチャングムに深く関わってきます。また、王がチャングムを絶賛します。これも後の展開を考えると面白い。
☆
今週の名言
「上に立つ者は毅然としつつも多少の融通を利かせなければならない」
次期最高尚宮に決まったハン尚宮をチョン最高尚宮が呼んで、ハン尚宮を諭して言った言葉。理想の上司ハン尚宮ではありますが、最高尚宮職は今まで以上に多くの部下を抱え、女官の各々の思惑の中で彼女らを取りまとめて行かなければなりません。料理の腕前(業務の実力)で重要な役職に就任する事になるハン尚宮ではありますが、マネージメントはそれだけでは勤まりません。その事を示唆した名言です。
2006年3月23日木曜日
航空機もβ版?
全日空のボンバルディアDHC8-400(Q400)機がトラブル続きです。私に馴染みの深い高知線で使われている機材なので、関心をもってニュースをウォッチしていました。高知新聞社の全日空へのインタビュー記事を読んで、「そういう事か」と再認識させられました。曰く「新型機はトラブル(初期故障)が無くなるまである程度時間がかかる」「通常は2〜3年だ」「ボンバルディア機は世界であまり飛んでいないのでフィードバックがあまり集まらない」「よってトラブル低減により時間がかかっている」
つまり、β版あるいはRC版という事でしょうか。以前のブログに「矜恃」と題して記事を書きましたが、航空機もそういう事だったのですね。私たち乗客はお金を払って航空機のバグ取りに協力している訳です・・・。
高知新聞社
「ボンバル機は大丈夫か 全日空に問う」
http://www.kochinews.co.jp/0603/060322evening02.htm#shimen2
「ボンバル機は大丈夫か 不具合 予見し防ぐ」
http://www.kochinews.co.jp/0603/060323evening02.htm#shimen2
つまり、β版あるいはRC版という事でしょうか。以前のブログに「矜恃」と題して記事を書きましたが、航空機もそういう事だったのですね。私たち乗客はお金を払って航空機のバグ取りに協力している訳です・・・。
高知新聞社
「ボンバル機は大丈夫か 全日空に問う」
http://www.kochinews.co.jp/0603/060322evening02.htm#shimen2
「ボンバル機は大丈夫か 不具合 予見し防ぐ」
http://www.kochinews.co.jp/0603/060323evening02.htm#shimen2
2006年3月20日月曜日
カメラロボット−キヤノンA-1
私が最初に買ったカメラはキヤノンA-1でした。当時の「デジタルと言えば最先端」というイメージを最前面に出し、5モードAEを搭載して「絞り優先か」「シャッタースピード優先か」という議論を封じ込め、秒間5コマ撮影可能なモータードライブをオプションに用意した、キヤノンの技術の結晶という印象がしたものです。いま考えれば、当時ではプロユースとしても使えそうなスペックですが、「電池が無くなると撮影不可能(電池の消耗が激しい)」「プラスチックボディを採用」というネガティブな印象があだになって、アマチュア以外には浸透したという雰囲気がありません。
当時は「プロは電池が無くても使える機械式シャッター搭載が必須」「プロは金属製ボディを使う」という“常識”が人口に膾炙していました。(今にして思えば一種の都市伝説?)
また、その後も売れたカメラは相変わらずキヤノンAE-1(およびその後継機のキヤノンAE-1プログラム)のようです。
現在、デジタルカメラの時代になって、電池無しでの撮影ができないのは当たり前、エンジニアリングプラスチックの採用も当たり前ですが、ちょっと先走り過ぎのキヤノンをある意味象徴するような機種だったとも言えます。
このA-1はまだ私の手元にあり、問題なく動作していますが、修理も不可能な機種です。大事に使って行こうと思っています。
「プロスペックのカメラ」は、例えばキヤノンF-1がそうだったように機械式シャッターを搭載し、金属製ボディで作られています。プロ用の機種はどちらかと言うと保守的に設計されますから、当時の時代の境界(デジタル化、電子化、新素材の使用の移行期)ではあり得た現象でした。それを逆に捉えて、プロの使う機種という条件が語られるようになったのではないかと思います。
そもそも、プロでない人たちがプロ機材について議論しても無意味な気もしますが、当時はそういう時代でした。
因に現在は、プロよりすごい機材を持っているアマチュアの方はたくさんいらっしゃいます・・・。
当時は「プロは電池が無くても使える機械式シャッター搭載が必須」「プロは金属製ボディを使う」という“常識”が人口に膾炙していました。(今にして思えば一種の都市伝説?)
また、その後も売れたカメラは相変わらずキヤノンAE-1(およびその後継機のキヤノンAE-1プログラム)のようです。
現在、デジタルカメラの時代になって、電池無しでの撮影ができないのは当たり前、エンジニアリングプラスチックの採用も当たり前ですが、ちょっと先走り過ぎのキヤノンをある意味象徴するような機種だったとも言えます。
このA-1はまだ私の手元にあり、問題なく動作していますが、修理も不可能な機種です。大事に使って行こうと思っています。
「プロスペックのカメラ」は、例えばキヤノンF-1がそうだったように機械式シャッターを搭載し、金属製ボディで作られています。プロ用の機種はどちらかと言うと保守的に設計されますから、当時の時代の境界(デジタル化、電子化、新素材の使用の移行期)ではあり得た現象でした。それを逆に捉えて、プロの使う機種という条件が語られるようになったのではないかと思います。
そもそも、プロでない人たちがプロ機材について議論しても無意味な気もしますが、当時はそういう時代でした。
因に現在は、プロよりすごい機材を持っているアマチュアの方はたくさんいらっしゃいます・・・。
2006年3月13日月曜日
セルフ・リペアー
突然アイロンが壊れました。サーモスタットが壊れたらしく、温度がどんどん上昇して、フューズが切れたようです。修理、と言っても2,500円くらいの品物。ヘタをすると修理代の方が高くつく可能性もあります。メーカーに電話して、「自分で直すから部品を売ってくれないか」と言ったところ、売ってくれるとの事。自分で直すと保証できないとか、いろいろ言われるかと思っていたのですが、スムーズに事が運んで満足です。
一昔前の使い捨ての発想から、直せる物は直して使う、という考え方にメーカーも切り替わりつつあるのは好ましい事です。そういえば、アップル・コンピューターも一部の部品についてはセルフ・リペアーを認めています。
逆に、頑だったのがデル・コンピュータ。「自分で直しても動作を保証できない」の一点張りで、取りつく島も無いという感じでした。(壊れたのはノートPCのキーボード。単純な交換で済むはずです)
これから生き残る企業と消えて行く企業の違いって、こういう所にあるのかも知れません。
一昔前の使い捨ての発想から、直せる物は直して使う、という考え方にメーカーも切り替わりつつあるのは好ましい事です。そういえば、アップル・コンピューターも一部の部品についてはセルフ・リペアーを認めています。
逆に、頑だったのがデル・コンピュータ。「自分で直しても動作を保証できない」の一点張りで、取りつく島も無いという感じでした。(壊れたのはノートPCのキーボード。単純な交換で済むはずです)
これから生き残る企業と消えて行く企業の違いって、こういう所にあるのかも知れません。
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